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− WideBino30GF開発秘話 −
記:2023年4月22日
 
今般、ようやく販売にこぎつけることができた「眼鏡フレンドリー」星座双眼鏡WideBino30GFに関し、その開発に至る道筋と、その裏話を少しお話ししましょう。

話は2015年5月30日に遡ります。その日、私はドイツのエッセン市で開催されていた望遠鏡見本市「ATT2015」の会場に居ました。丁度WideBino28(旧型)の再生産が軌道に乗ってきたタイミングで、これを欧州市場にも売り込むべく、長年の友人であるドイツ・TELE-OPTIC社代表Klemme氏の協力を仰ぎ、同社ブースの一角を間借りして、WideBino28の展示販売を行なっておりました。

(ATT2015会場内) (TELE-OPTICブース内でのWideBino28展示販売)

この種の星座双眼鏡は、今でこそ多くのメーカーが参入してすっかりメジャーになっていますが、当時はまだ目新しい製品分野で、WideBino28以外には、ビクセンの1機種が販売されているだけでした。ATTを訪れた欧州の天文マニア達は興味津々でWideBino28を手に取り、その場で購入される方も多くいらっしゃいました。

その日の午後、一人のドイツ人がブースにやってきました。少し小太りで、非常に分厚い眼鏡をかけた、大人しそうな印象の青年でした。彼は私に「眼鏡をかけた状態でも見ることができますか?」と尋ねてきました。私は「視野がかなりケラれてしまうので残念ながらお勧めできません。裸眼で使用して下さい」と答えましたが、彼の分厚い眼鏡が気になり、念の為に「この双眼鏡は−4ディオプターまで対応しているので、少々の近視であれば無限遠にピントが合うはずですよ」と付け加えました。すると彼は、「自分は−6ディオプターの強い近視なんです・・・」と、少し不安そうな顔をして答えました。私は彼に「まあ、とりあえず外に持って行って、遠くの景色を眺めて試してみて下さい。ひょっとしてピントが合うかも知れませんよ」と言い、展示品の1台を手渡しました。彼は一旦外に出て、ほどなくブースに帰ってきましたが、「やっぱり駄目でした」とぽつり。私は「それなら、コンタクトレンズを使えば問題ないですよ」と助言しましたが、彼はコンタクトレンズが苦手だ、とのこと。あれこれ問答したのち、結局どうにもならず、「分かりました・・・とても残念です」と言い残して、彼はブースからとぼとぼと去って行きました。彼の悲しそうな後姿は、今でも妙に強く印象に残っています。長い間製造が休止していたWideBino28をようやく復刻生産し、更に欧州市場にも打って出るべく意気揚々としていた私の心に、彼は大きな影を落としたように感じました。

ほどなく、私はWideBino28の改良に取り組み、翌2016年4月に新型の発売にこぎつけました。新型に採用されたいくつかの改良点の中に、視度調整範囲を広げることも含めました。旧型では−4ディオプターまでだったのを、新型では−6ディオプターまで対応できるようにしたのですが、これは件のドイツ人青年が−6ディオプターだったことと無関係ではありません。この改良により、彼のような強い近視の人でも無限遠にピントを合わせることができるようになりましたが、正直なところ、これは1年前の、彼との出会いが大きなモチベーションになっていました。

しかしながら、まだ別の大きな問題が残ったままでした。非常に強い近視の場合、ある程度の乱視を伴っていることが少なくありません。その場合、裸眼で双眼鏡を覗くと、仮に無限遠合焦が得られたとしても、乱視の影響で星が綺麗な点像にならなくなります。いっぽう、乱視もきちんと補正された眼鏡を併用して覗くことができれば、本来の綺麗な星像を見ることができます。そういう意味でも、やはり眼鏡併用で問題なく使うことができる星座双眼鏡を開発しなければならない、という思いは強く持ち続けました。

さて、それから更に数年経ち、その間にいくつかの新しい星座双眼鏡を発売しました。もちろん「眼鏡併用でも使える」ことは常に強く意識した点で、CS-BINO2×40CS-BINO3×50、そしてSuper WideBino36などでは、いずれも眼鏡併用で視野の8割近く見えるようになっています。とは言え、やはり視野はある程度狭くなりますし、金属製アイレンズ枠と眼鏡レンズとの接触による問題など、まだまだ眼鏡併用者には不便な点も残っています。

この「眼鏡問題」は、私にとって最後まで残された宿題のようなものでした。そして、この厄介な宿題を全面的に解決すべく、2022年からSkyRover社と共に開発を進め、最終的に完成したのがWideBino30GFです。レンズ設計を改良することにより、眼鏡併用でも9割以上の視野が見渡せるようにしました。アイレンズ枠には眼鏡保護用のラバーリングを埋め込み、眼鏡に押し付けてもレンズを傷つけないようになっています。更に、最小目幅を51mmまで小さくしたことにより、顔の小さな幼児でも使えるようになっています。また、本体重量も類似機種中最軽量の225gに抑えたことにより、手の力が弱くなった高齢者でも無理なく保持することができます。所謂「ユニバーサルデザイン」を追求した設計になっており、眼鏡の有無だけにとどまらず、老若男女を問わず誰でも使える星座双眼鏡をようやく完成することができました。

WideBino28

思い起こせば、8年前の、あのドイツ人青年との出会いが、WideBino30GF発売に至る開発プロセスの出発点となりました。彼は今どうしているのでしょう?もし彼にまた会うことができたなら、「ありがとう。全て君のおかげです」と丁重にお礼を言い、そして「君のための星座双眼鏡を作ったよ」と、WideBino30GFを1台進呈したいと思っているのですが・・・・さて、これは私に残された「次の宿題」になりそうです。
滑}井トレーディング 笠井 康典
〒153-0065 東京都目黒区中町1-3-16 (株)笠井トレーディング
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